統合失調症になってから、
私は本人のこれまでを何度も振り返るようになりました。
その中で、
昔からずっと不思議だったことがあります。
それは、
得意なことと苦手なことの差が、とても大きかったこと。
数学は得意。
物理も得意。
化学も得意。
ところが、
国語はかなり苦手。
社会も苦戦する。
親として私はずっと、
「これだけ理系科目ができるのに、なんでこっちはこんなに難しいんだろう?」
と思っていました。
今回、統合失調症について調べ、
認知機能という言葉を知ったことで、
私は改めてこの「昔からの得意不得意」について考えるようになりました。
数学・物理・化学は、本当に得意だった
本人は昔から理系科目が得意でした。
単に、
「数学が好き」
という程度ではありません。
難関大学向けの大学別模試でも、
理系科目ではかなり上位に入ることがありました。
特に数学、物理、化学。
このあたりは、
親から見ても、
「得意なんだな」
とはっきり分かるレベルでした。
理屈が通るものには強かった
数学や物理を勉強している本人を見ていると、
問題の仕組みを理解したり、
条件を整理したり、
答えまで筋道を立てたりすることは得意そうでした。
本人自身も、
理系科目には手応えがあったのだと思います。
難しい問題にもかなり長時間取り組めました。
そして結果も出ていました。
「この力があるなら」と親は当然思う
親としては、
理系科目でこれだけ結果が出れば、
「大学受験でもいけるだろう」
と思います。
少なくとも私はそうでした。
でも、受験というのは、
得意科目だけで決まるわけではありません。
そこで大きな壁になったのが、
国語と社会でした。
共通テストになると、国語と社会で大きく点を落とした
理系科目と比べて、
国語と社会はかなり苦手でした。
特に共通テストのように、
文章を読み、
限られた時間の中で情報を整理し、
設問の意図をつかみ、
答えを選ぶ形式では、
本人の得点が思うように伸びませんでした。
理系科目との差があまりにも大きかった
数学・物理・化学では非常に高い成績を取れる。
ところが、
国語や社会では大きく点を落とす。
私はずっと、
「同じ人の成績なのに、どうしてここまで違うんだろう」
と思っていました。
本人も当然、苦労していました。
得意科目をさらに伸ばしても、
苦手科目で落とした点を補いきれないことがあります。
結果として、
本人は大学受験で浪人することになりました。
「頭がいい・悪い」では説明できなかった
この経験から、
私は以前から、
「頭の良さって一つじゃないんだな」
とは感じていました。
難しい数学ができる。
物理の問題が解ける。
それなのに、
文章を読んで設問に答えることには非常に苦戦する。
単純に、
「勉強ができる」
「勉強ができない」
という二つに分けることはできませんでした。
本人の中には、
とても強い部分と、とても苦手な部分が同居していました。
発症後、「認知機能」という言葉を知った
統合失調症について調べるようになって、
私は初めて、
認知機能
というものを意識するようになりました。
統合失調症では、幻聴や妄想だけでなく、記憶、注意、計画、問題解決などの認知機能に影響が出ることがあります。
NCNPも、認知機能障害を統合失調症の重要な症状の一つとして説明しています。
認知機能は一枚岩ではない
「認知機能」という言葉を知って、
私が一番腑に落ちたのは、
人の頭の働きは、
一つの能力だけではできていないということでした。
記憶。
注意。
処理速度。
問題解決。
計画。
言葉を理解する力。
いろいろな機能があります。
そして統合失調症の研究では、発症前から認知機能の違いがみられることがあり、特に処理速度、言語学習・記憶、実行機能などについて研究されています。
だから過去の成績が気になった
それを知ると、
当然私は、
本人の昔の成績を思い出しました。
数学・物理・化学は非常に得意。
国語・社会はかなり苦手。
「これって何か関係していたのかな」
と。
でも、そこで立ち止まる必要があります。
国語が苦手だったから統合失調症になった、ではない
これは、はっきり書いておきたいです。
国語が苦手だったことを、統合失調症の前兆だったと考えているわけではありません。
数学が得意だったことも、
社会が苦手だったことも、
それだけで病気とは何の関係も証明できません。
統合失調症の発症前の認知機能と学業成績について研究はありますが、あくまで集団としての傾向を調べたものです。
学業成績と発症前の認知機能の関連を検討した研究もありますが、個人の成績から将来の統合失調症を判定できるわけではありません。
今だから何でも病気に結びつけてしまう危険
診断を受けた後は、
過去の出来事が全部、
「病気の兆候だったのでは」
と見えてきます。
国語が苦手だった。
人付き合いで悩んだ。
完璧主義だった。
勉強を頑張りすぎた。
あれも?
これも?
となります。
でも、
結果を知ってから過去を見るのと、その時その場で本人を見るのはまったく違います。
私はそこを混同しないようにしたいと思っています。
それでも「病気になる前の本人」を知ることは大事だと思う
一方で、
過去を全部切り捨てる必要もないと思っています。
NCNPでは、統合失調症の現在の認知機能だけでなく、病前からどのくらい認知機能が変化したかについても研究しています。
これは私にとって、とても重要な視点でした。
「元々苦手だったこと」と「病気になって変わったこと」は違う
例えば、
文章を理解することが以前から苦手だったのか。
病気になってからさらに難しくなったのか。
記憶力は以前どうだったのか。
集中力はどうだったのか。
処理速度は?
こういうことを考える時、
病気になる前の本人を知っている家族の記憶は、一つの比較材料になる
のだと思います。
もちろん、素人がそれだけで評価できるわけではありません。
でも、
「以前はこれができた」
「これは昔から苦手だった」
という違いを家族が知っていることには意味があると思っています。
本人は「全部できない人」ではない
これは今の本人を見る時にも、
私が忘れたくないことです。
統合失調症になった。
認知機能にも影響が出る可能性がある。
そう聞くと、
親としては、
「これまでできていたことが全部できなくなるのでは」
と怖くなります。
でも、
人の能力はそんなに単純ではありません。
元々かなり強い能力もある
本人には、
昔から得意だったことがあります。
数理的なこと。
規則性を見つけること。
問題を解くこと。
論理的に考えること。
そういう部分まで、
病名一つで全部なくなったことにする必要はないと思っています。
むしろ、
何が今も強みとして残っているのか
を見ていく方が大切なのではないか。
最近はそう考えるようになりました。
「できないこと探し」ではなく「得意と苦手を知る」
親としては、
病気になると、
できなくなったことばかりが気になります。
以前より読むのが遅い。
覚えるのに時間がかかる。
話の理解に少し時間が必要。
そんな変化を見ると、
どうしても不安になります。
でも、本人はもともと、
何でも均等にできる人ではありませんでした。
昔から凸凹が大きかった
数学は非常に得意。
国語は苦手。
そういう、
かなり大きな凸凹を持ちながら、
本人は本人なりにやってきました。
だったらこれからも、
「全部平均に戻す」
ことを目標にするより、
得意なものを活かして、苦手なところをどう補うか
を考えた方がいいのかもしれません。
これは、
前の記事で本人から聞いた、
「ならない前には戻らないし」
という言葉ともつながっています。
→ 「ならない前には戻らないし」本人の言葉で、統合失調症への向き合い方が変わった
浪人したことも、今は少し違って見える
本人が浪人した時、
私は、
「これだけ理系科目ができるのに」
という思いがありました。
国語や社会で点を落とすことが、
もったいなく感じていました。
本人自身も、
悔しかったと思います。
でも今振り返ると、
単純に、
「もっと国語を頑張ればよかった」
だけではなかったのかもしれないと思います。
得意不得意の差が、本人を苦しめていた可能性もある
得意な科目では、
かなり高いところまで行ける。
だからこそ、
苦手な科目も同じレベルまでやらなければ、
と本人自身が思っていた可能性があります。
できる自分と、
できない自分。
その差を埋めようとして、
かなり頑張っていた。
私は今になって、
そういう本人のしんどさについても考えるようになりました。
ただし、
これも統合失調症の原因だったという意味ではありません。
本人が昔から抱えていた「得意と苦手の差」を、今になって違う角度から見ている
というだけです。
今振り返って思うこと
統合失調症になってから、
私は過去の成績を見る目まで変わりました。
以前は、
「国語ができればもっと上に行けたのに」
と思っていました。
でも今は、
「この子は、ものすごく得意なことと、ものすごく苦手なことを両方持っていたんだな」
と思います。
それは、
病気になる前から本人だったものです。
そしてこれから、
本人の認知機能がどんなふうに回復していくのかを見る時にも、
この「元々の本人」を忘れないようにしたいと思っています。
統合失調症では認知機能の低下が社会生活や就労にも関係することが研究されていますが、現在の能力だけでなく病前からの変化を見る研究も進められています。
私は、
「病気になったから何ができないか」
だけではなく、
「この子は元々、何が得意だったのか」
も見ていきたい。
数学。
物理。
化学。
長時間、一つの問題に集中して考える力。
そういう本人の強みが、
これからの生活や仕事の中で、
どんな形なら使えるのか。
それを探していくことも、
これからの家族の役割なのかなと思っています。


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