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統合失調症で「死にたい気持ち」は起こる?希死念慮を知って家族として腹をくくったこと

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統合失調症になってから、私はいろいろな可能性について説明を受けました。

その中で、できれば聞きたくなかった話があります。

自死の可能性です。

主治医からは、統合失調症ではそうしたことにも注意していく必要がある、という趣旨の話がありました。

私はそれを聞いて、

「この子にも、いつか『死にたい』と思う日が来るのだろうか」

と怖くなりました。

だから、本人にはっきり聞きました。

「死にたいと思うこと、ある?」

本人の答えは、

「今のところ、ない」

でした。

その言葉を聞いて安心しました。

でも同時に、

「今は、なんだよな」

とも思いました。

この先のことは、本人にも私にも、主治医にも分かりません。

そんなことを考えているうちに、私はあるところで少し考え方が変わりました。

誰にも分からない未来を、ずっと怖がっていても仕方がない。

あってほしくない。

絶対に起きてほしくない。

でも、ゼロとは言い切れない可能性があるのなら、そこまで含めてこの子の治療に寄り添っていこう。

そう腹をくくったとき、不思議なことに、私は少し楽になりました。

この記事では、統合失調症と希死念慮について私が調べたことと、家族としてどう受け止めるようになったのかを書いておきます。

希死念慮とは「死にたい」という気持ちのこと

精神科の記事を読んでいると、

「希死念慮(きしねんりょ)」

という言葉が出てきます。

一般には、

「死にたい」

「消えてしまいたい」

「生きていたくない」

といった、死を望む気持ちを指して使われます。

ただ、希死念慮があることと、実際に自殺行動を起こすことは同じではありません。

気持ちの強さも、具体性も、その人によって違います。

「死にたい」と思ったら必ず行動するわけではない

希死念慮がある人すべてが、自殺行動に至るわけではありません。

一方で、

「口で言っているだけだから大丈夫」

とも決めつけない方がいいとされています。

厚生労働省の「こころの耳」でも、死にたい気持ちをほのめかす言葉や、身辺整理などの変化は注意すべきサインとして紹介されています。(参考サイト:こころの窓口)

家族として大事なのは、

言ったからパニックになることでも、言ったのに軽く流すことでもない。

その気持ちを聞いて、必要なら主治医につなぐことなのだと思います。

「そんなこと聞いたら考え始めるのでは?」と思った

私は本人に、

「死にたいと思うことある?」

と直接聞きました。

正直、聞く前には少し怖さもありました。

こんな質問をすることで、かえって本人に自殺を意識させるのではないか。

そんな心配もありました。

でも研究では、自殺について直接質問すること自体が、希死念慮を増やすという証拠は示されていません。

自殺について尋ねることが希死念慮を有意に増加させなかったというレビューもあります。(参考サイト:ケンブリッジ大学出版局)

厚生労働省の情報でも、危険なサインを感じた場合には、死にたいと考えているかを尋ね、話を聞き、主治医へ相談することが勧められています。(参考サイト:こころの窓口)

私は、聞いてよかったと思っています。

本人が、

「今のところはない」

と言ってくれたからです。

統合失調症では自死のリスクが高くなるの?

ここは、私はかなり怖くなって調べました。

結論からいえば、統合失調症のある人は、一般人口と比べると自殺による死亡リスクが高いことが知られています。

ただし、

「統合失調症になったら、自殺する可能性が非常に高い」

と受け取るのも違います。

昔よく言われた「10%」より低い推計もある

統合失調症について調べると、

「10%が自殺する」

という数字を見ることがあります。

でも、これは古い推計です。

2005年の大規模な再解析では、統合失調症の生涯における自殺死亡リスクは、およそ5%と推定されました。

特に発症や初回入院に近い時期に自殺が集中する傾向も示されています。(参考サイト:JAMA Network)

別の長期研究でも、過去に使われてきた10%という数字は高すぎる可能性が指摘されています。(参考サイト:JAMA Network)

もちろん、5%なら軽く考えていいという意味ではありません。

でも逆にいえば、

大多数の人が自殺で亡くなる病気でもありません。

私は、この両方を知っておくことが大事だと思いました。

特に発症して間もない時期は注意が必要とされている

研究では、統合失調症の自殺リスクは、病気の経過の中でも一定ではありません。

発症から早い時期、特に初回エピソードや初回入院に近い時期は注意が必要とされています。(参考サイト:JAMA Network)

わが家はまさに初発から間もない時期です。

だから主治医がこの話をしたのも、

「この子が自殺すると思っている」

というより、

今後の経過の中で家族にも知っておいてほしいことの一つ

だったのだろうと、私は受け止めています。

「IQが高い男性ほど危ない」と聞いて、私は怖くなった

医師との話の中では、私にはとても印象に残った話もありました。

若く発症した人。

男性。

知的な力が高い人。

病気になる前の生活との差を強く感じる人。

そういう人が、自分が失ったものを認識したときに絶望することがある、という趣旨の話でした。

私はこれを聞いたとき、

「そんな見方があるんだ」

と思いました。

ただ、後から調べてみると、ここはかなり慎重に考えた方がよさそうです。

自殺を一つのタイプで予測することはできない

統合失調症の自殺リスクについては、多くの研究があります。

比較的一貫して関連が報告されているものには、

  • 過去の自殺企図
  • 抑うつ症状
  • 絶望感
  • 若い年齢
  • 発症してからの期間が短いこと
  • 男性
  • 治療が途切れること
  • アルコールや薬物の問題

などがあります。(参考サイト:スプリンガー)

一方で、

「高IQ・男性・若年発症なら自殺する」

というように、その人の未来を予測できるものではありません。

どれも集団を比較したときの「関連」です。

一人の人に当てはめて、

「あなたはこの条件だから危ない」

とは言えません。

私はここを混同しないようにしたいと思っています。

症状がひどい時だけが危険とも限らない

最初は私も、

「怖い幻聴や妄想が強くなって、自殺につながるのでは」

と考えていました。

もちろん、精神症状の悪化には注意が必要です。

でも調べてみると、自殺について注意するのは、幻聴や妄想が激しい時だけではありません。

病気について理解できるようになった一方で、

「自分は病気になってしまった」

「以前の生活に戻れないかもしれない」

と感じ、そこに抑うつや絶望感が重なることもあります。

だから私は、

「正常な時に起こす」

という言い方より、

症状が落ち着いてきた時期にも、抑うつや絶望がないかを見る

と理解するようにしています。

自殺リスクを考える上では、病識だけでなく、抑うつや絶望、過去の自殺企図などを合わせて考える必要があります。(参考サイト:PubMed Central (PMC))

「病気がなければ」と本人が思う日が来るかもしれない

ここは、家族として少し怖いところです。

今の本人は、

「いろいろな人と話したい」

と話しています。

回復してきている部分もたくさんあります。

でもこの先、

仕事。

勉強。

友人関係。

将来。

病気になる前に思い描いていた人生と、現実との違いに本人が直面する日が来るかもしれません。

そのとき、

「この病気さえなければ」

と思うことだってあると思います。

落ち込むことと希死念慮を同じにしない

ただし、

「病気になって悔しい」

「前みたいにできなくてつらい」

「もう嫌だ」

という気持ちが出たからといって、

すぐ、

「自殺するんじゃないか」

と結びつけるのも違うと思っています。

落ち込むこともある。

悔しがることもある。

泣くこともある。

それまで全部「危険なサイン」にしてしまったら、本人も何も話せなくなってしまいます。

だから、言葉そのものだけではなく、

いつもと違う変化が続いていないか。

絶望感が強くなっていないか。

具体的に死について考えていないか。

そういうことを必要に応じて主治医と一緒に見ていくことになるのだと思います。

「話してくれる関係」を残しておきたい

私は本人に直接聞きました。

「死にたい気持ちはある?」

本人は答えてくれました。

私にとって大切なのは、

その答えがずっと「ない」であることを保証してもらうことではありません。

もし将来変わったときにも、

「実は今、ちょっと死にたいと思う」

と言える関係を残しておくこと。

その方が大事なのではないかと思っています。

幻聴だけを怖がるのではなく、治療そのものを続ける

統合失調症と自死について考えると、

「命令するような幻聴が出たらどうしよう」

という怖さもあります。

私にもあります。

でも、だからといって、

自殺=幻聴に支配された結果

とだけ考えるのは違います。

抑うつや絶望感にも目を向ける

研究で重要なリスク要因として繰り返し挙がるのは、抑うつや絶望感、過去の自殺企図などです。(参考サイト:スプリンガー)

だから見るのは、

「幻聴ある?」

だけではない。

眠れているか。

気分はどうか。

人と話せているか。

本人が未来をどう感じているか。

治療は続けられているか。

そういう全体なのだと思います。

私ができることは「絶対に防ぐ」と約束することではない

私は最初、

「絶対にそんなことにさせない」

と思いました。

でも、それを考え続けるのはとても苦しかったです。

24時間見張ることなんてできません。

本人の心の中をすべて知ることもできません。

何年先の状態を予測することもできません。

だから、

「絶対に防げる家族にならなければ」

と思うのをやめました。

代わりに、

治療を続けられるようにする。

変化があれば主治医に伝える。

本人が話したいときには聞く。

必要なときには助けを求める。

私は、そこまでを自分の役割として考えることにしました。

「万が一」を考えたら、逆に不安が少し軽くなった

これは、人によっては理解しにくい感覚かもしれません。

私はずっと、

「そんなことが起きたらどうしよう」

と怖がっていました。

でもあるとき、

「この先のことなんて、結局誰にも分からない」

と思いました。

それは投げやりになったという意味ではありません。

起きてほしくない。でも、未来を完全には支配できない

もちろん、

そんな日は絶対に来てほしくありません。

本人には生きていてほしい。

回復して、自分の人生を歩いてほしい。

それは変わりません。

でも、

未来のすべてを私が防げると思うことも違う。

そこまで考えたとき、

逆に少し肩の力が抜けました。

「その日」に備えるのではなく、今日を悔いなく過ごす

私が「腹をくくった」と感じたのは、

何か悪いことが起きる準備を始めたという意味ではありません。

むしろ逆でした。

いつか起こるかもしれないことばかり考えて、

今の本人との時間を不安でいっぱいにしたくない。

だったら、

今日できる治療に付き合う。

今日話してくれることを聞く。

今日笑っているなら、一緒に笑う。

もしこの先、本人がつらい時期を迎えたら、そのときまた一緒に考える。

その方が、私には合っていました。

私は、

「その日が来ないように怯え続ける」のではなく、「どんな未来になっても、今できることをしておこう」

と思うようになりました。

そう考えたら、不思議なくらい不安が少し軽くなりました。

家族が「死にたい」と言われたときに知っておきたいこと

今のところ、本人には希死念慮はないと聞いています。

でも、この記事を書く以上、

もし今後そういう言葉が出たときに、私自身が覚えておきたいことも書いておきます。

怖くても、話をそらさない

「そんなこと言わないで」

「何を馬鹿なこと言ってるの」

と言って終わらせない。

まず、

「そこまでつらいんだ」

と話を聞く。

そして、

「死にたいと思っている?」

と必要なら直接確認する。

自殺について尋ねること自体が希死念慮を増やすという根拠はなく、むしろ適切な評価のためには率直に尋ねることが重要です。(参考サイト:ケンブリッジ大学出版局)

家族だけで判断しない

そして、

「話を聞いたから大丈夫」

にもしたくありません。

特に、

死ぬ方法について具体的に話す。

準備を始める。

急に身辺整理をする。

強い絶望感がある。

いつもと明らかに様子が違う。

といった変化があれば、主治医など専門家へつなぐ必要があります。

厚生労働省も、こうしたサインに気づいた場合には主治医への相談を勧めています。(参考サイト:こころの窓口)

緊急性が高いと感じる場合には、次の診察日を待つ話ではありません。

この記事で一番言いたいのも、

家族だけで背負わない

ということです。

希死念慮について、もう少し知りたいときの本

希死念慮という言葉は、とても重く感じます。

「死にたい」と言われたらどうしたらいいのか。

そもそも「死にたい気持ち」とは何なのか。

もう少し知りたい人は、本から考えてみる方法もあると思います。

たとえば、

芳賀高浩 著
『私のなかの希死念慮ちゃん ~精神科医が教える「死にたい」との付き合い方~』

という本があります。

タイトルだけを見ると少し意外な感じがしますが、「死にたい」という気持ちをただ怖いものとして遠ざけるのではなく、理解するという視点から書かれた本です。

私はこの記事で、

「この本を読めば自殺を防げる」

という意味で紹介しているわけではありません。

希死念慮について考えるきっかけになる本の一つとして、こういう本もあります。

今は「死にたい気持ちはない」という本人の言葉を、そのまま受け取る

私は本人に、

「死にたいと思う?」

と聞きました。

今の答えは、

「ない」

です。

だったら今は、それをそのまま受け取ります。

「本当は隠してるんじゃない?」

「そのうち出てくるんじゃない?」

と、まだ起きていないことまで疑い続ける必要はないと思っています。

統合失調症には、自死について注意しなければならない面がある。

でも、

統合失調症になった人が、いずれ自殺するという話ではありません。

治療を続ける。

本人の変化を見る。

抑うつや絶望感にも気を配る。

そして本人が「つらい」と言える関係を残しておく。

今の私にできるのは、そのくらいです。

将来を完全に予測することはできません。

だから私は、

未来を怖がるために今日を使うのではなく、今日できることをしておきたい。

そう思っています。

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