子どもが統合失調症で入院して、少しずつ会話が戻ってきた頃。
私は、今度は別のことが気になるようになりました。
「頭の働きは、ちゃんと戻るんだろうか」
ということです。
入院直後のような、妄想や強い混乱は、少しずつ落ち着いてきました。
でも、以前とまったく同じではありません。
活字を読んでも、頭に入りにくい。
長く話していると、途中で意識がそれたように見える。
40ピースのパズルはできるのに、70ピースになると難しい。
少し何かすると、疲れる。
私は、こういう変化を見ながら、
統合失調症の認知機能障害について調べるようになりました。
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統合失調症の認知機能障害とは?記憶・注意・処理速度について家族が調べたこと
そして、その延長で知った言葉が、NEAR(ニア)でした。
NEARとは何?
NEARは、Neuropsychological Educational Approach to Remediationの略です。
日本では、認知矯正療法
あるいは、
認知機能リハビリテーション
などと呼ばれています。
統合失調症などでみられる認知機能の困りごとに対して、認知課題の練習と、そこで身につけた工夫を日常生活につなげていくことを目的とした認知リハビリテーションの一つです。
単なる「脳トレ」ではない
私が最初にNEARという言葉を見た時、正直、
「パソコンで脳トレするみたいなもの?」
と思いました。
でも、調べてみると、それだけではありませんでした。
NEARでは、コンピューターを使った認知課題などを行います。
ただ、目的は、問題を何問正解できるようになるか
だけではありません。
どういう方法なら、
自分はやりやすかったのか。
どこで難しくなったのか。
どう工夫すればできたのか。
それを振り返り、実際の生活や仕事、学習に使える形へつなげていくことを重視します。
NEARは特に、本人の内発的な動機や「自分で学ぶ」ことを大切にする方法として開発されています。
「できないところを何度もやらせる」療法ではなかった
ここが、私はかなり印象的でした。
たとえば、70ピースのパズルができない。
だったら、70ピースを毎日やらせて、できるまで訓練する。
……という単純な話ではない。
むしろ、
「どこが難しかった?」
「色で分けたら?」
「端から作ったら?」
「一度に全部やらず、休んだら?」
と、本人に合ったやり方を探す。
そして、その工夫を、ほかの場面にも使えるようにする。
そういう考え方です。
私は、
「あれ? 私たちがやっていたことと、少し似ている」
と思いました。
統合失調症では、どんな認知機能が問題になるの?
統合失調症では、妄想や幻聴などの症状とは別に、認知機能の変化が生活に影響することがあります。
認知矯正療法の研究では、
たとえば、
注意。
処理速度。
ワーキングメモリ。
言語記憶。
問題解決。
遂行機能。
など、
複数の認知領域が対象になります。
大規模なメタ解析でも、統合失調症に対する認知矯正療法は認知機能全体と社会的な機能の両方に、小~中程度の改善効果を示しています。
「頭が悪くなった」という一言では表せない
これを知って、私は少し整理できました。
当時の私は、本人がパズルをできないと、すぐ、
「頭が悪くなっちゃったの?」
と心配していました。
でも、認知機能は一枚岩ではありません。
数学的な判断はできる。
会話もできる。
昔の記憶もある。
でも、
集中を長く続けることは難しい。
情報を一度にたくさん扱うと疲れる。
そういうこともあり得る。
だから、「できる/できない」だけで見るのではなく、
どの部分で負荷がかかっているのか
を見る必要があるのだと思いました。
入院中の本人にも、いろいろな差があった
実際、本人を見ていると、きることと難しいことが、バラバラでした。
算数系はできる。でもクロスワードは嫌
本人は、数学や理系科目が得意でした。
入院中に、算数系のドリルを持って行くと、比較的すんなり取り組みました。
一方で、クロスワードは、
「ヒントがヒントじゃない」
と言って、ほとんどやりませんでした。
私は最初、
「クロスワードができない=認知機能が落ちた」
と考えそうになりました。
でも、算数ならやる。
となると、単純に本人の好みもあります。
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黙読は入りにくい。でも声に出すと入る
本人は、大部屋へ移った頃、
「活字を読んでも頭に入ってこない」
と不安を感じていました。
そこで、昔使った百人一首のワークを使い、
声に出して読む。
書く。
という方法を試しました。
すると、
「あ、この古語あったね」
と記憶がつながる。
新聞も、声に出して読むと、「頭に入る!」と気づきました。
私はこれを見て、同じ「読む」でも、方法によって、本人のやりやすさが違うんだな、と思いました。
NEARで大事なのは「ブリッジング」
NEARを含む認知矯正療法では、認知課題をやって終わり、ではなく、そこで身につけた考え方を日常生活にどう使うか、
という部分が重要です。
認知矯正療法全体の研究でも、訓練された治療者が関わること、認知戦略を系統的に学ぶこと、そして他の心理社会的リハビリテーションと組み合わせることが、より良い認知・生活機能の成果に関連していました。
「声に出した方が入る」なら、生活で使う
たとえば、本人の場合なら、黙読は入りにくい。
でも、音読なら入りやすい。
なら、
大切な文章は、
声に出して読む。
短く区切る。
書きながら読む。
そうすれば、今までより少し楽に理解できるかもしれない。
これが、本人にとって使える「作戦」になります。
パズルができるようになること自体がゴールではない
NEARについて調べていて、私はここが大事だと思いました。
たとえば、パズルができるようになること自体が、人生の目的ではありません。
本当に必要なのは、
勉強できる。
仕事ができる。
買い物できる。
予定を管理できる。
人の話を聞ける。
好きなことを続けられる。
そういう、
日常生活につながる力
です。
だから、パソコンの課題で成績が上がったら終了、ではなく、そこから、
「生活の中ではどう使う?」
まで考える。
そこに、認知機能リハビリテーションの意味があるのだと思いました。
日本でもNEARは行われている
NEARは、日本でも研究・実施されています。
日本の5つの精神科病院で行われたパイロット研究では、統合失調症または統合失調感情障害の51人がNEARに参加しました。
週2回・各1時間のコンピューターセッションと、週1回30~60分のグループセッションを6か月行い、BACS-Jという認知機能検査で評価したところ、NEAR群では総合的な認知機能の改善がみられました。
研究は準実験デザインで規模も小さく、限界はありますが、日本でも実施可能であることが示されました。
病院によって実施方法は同じとは限らない
NEARという名前を知ったからといって、どこの精神科病院でも、同じプログラムを受けられるわけではありません。
日本では入院・外来の作業療法プログラムとしてNEARを実施している報告もありますが、実施の有無や対象、頻度などは医療機関ごとに異なります。
興味がある場合は、主治医や作業療法士などに、
「認知機能リハビリテーションはありますか?」
「NEARのようなプログラムは受けられますか?」
と聞くのがいいと思います。
NEARには効果があるの?
NEARだけに限らず、統合失調症の認知矯正療法全体については、かなり研究があります。
2021年の大規模なメタ解析では、130研究・8,851人を対象に検討し、認知機能全体でCohen’s d 0.29、全体的な生活機能で0.22という、小さいながらも統計的に有意な改善効果が示されました。
「やれば元通りになる」という意味ではない
ここは、私が特に気をつけたいところです。
NEARをやれば、
発症前の認知機能に必ず戻る。
以前のIQに戻る。
何でも昔どおりできるようになる。
という研究ではありません。
認知矯正療法は、
認知機能や生活機能を改善するための一つのリハビリテーション
です。
効果の大きさにも個人差があります。
だから、
「NEARさえやれば大丈夫」
と期待しすぎるものでもないと思います。
一方で、
「認知機能の変化には何もできない」
というわけでもない。
その間にある治療の一つ、というのが、今の私の理解です。
では、「記憶が飛ぶ」のもNEARで治る?
NEARについて知った時、私は、一つ気になったことがありました。
入院8日目頃から、本人との会話中、ときどき、こちらへの反応がふっと途切れるような瞬間がありました。
私が、
「おーい、帰っておいで!」
と言うと、
本人は、
「いかんいかん。またどっか行っとった(笑)」
と返します。
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入院8日目|「どっか違う世界にいっとった」笑って聞いた言葉が、帰り道で急に気になった
私は、
「これも認知機能の問題なら、NEARで解決するの?」
と思いました。
NEARは「記憶が飛ぶ現象」そのものを直接治すものではない
調べてみると、そこは少し違いました。
NEARが対象にするのは、
注意や記憶、
ワーキングメモリ、
処理速度、
問題解決などの認知機能です。
だから、
長い話になると集中が続きにくい、
情報を保持しておくのが難しい、
というような認知機能の問題が関係しているなら、
認知リハビリテーションが役立つ可能性はあります。
でも、
「本人がどこかへ行ってしまうように見える」
という現象が、実際に何だったのかは、別に確認する必要があります。
まず「何が起きているのか」が先
疲れているのか。
眠いのか。
薬の影響なのか。
睡眠不足なのか。
注意が途切れているのか。
それとも、ほかの理由なのか。
私は、あの短いやり取りだけで、判断することはできません。
だから、NEARを知ったからといって、
「これで“飛ぶ”のが治る!」
とは考えない方がいいと思いました。
本人が、
本当に時間の記憶を失っている。
呼びかけても反応しない。
何をしていたか全く分からない。
といったことが繰り返されるなら、
まずはその具体的な様子を主治医へ伝えて、
何が起きているのか確認することが先です。
急性期から、どんどん訓練すればいいわけでもない
NEARを知ると、せっかちな私は、また思います。
「じゃあ、早くやった方がいいんじゃない?」
と(笑)。
でも、これも違うようです。
本人が、強い症状で混乱している。
眠れていない。
頭痛がひどい。
少しやるだけで疲れる。
そういう状態で、家族が次々に課題を渡して、
「認知機能を戻そう!」
とやるのは、
少なくともNEARの考え方とは違います。
NEARは、本人の興味や内発的な動機を重視し、本人自身が治療の目標や課題に主体的に関わることを大切にしています。
「今日はやらない」も本人が選べる
入院中、
私は、
ドリル。
塗り絵。
クロスワード。
パズル。
百人一首。
いろいろ持って行きました。
でも今考えると、大事なのは、
本人がやりたい時に選べること
だったのだと思います。
細かい塗り絵は、
「疲れる。持って帰って」。
なら、持って帰ればいい。
70ピースをやりたいなら、やればいい。
疲れたら、寝ればいい。
それくらいでいい。
私たちの「作戦会議」とNEARは、考え方が少し似ていた
入院9日目頃から、本人と私は、少しずつ、「作戦会議」を始めていました。
今まで通りにできないことは何?
どうしたらできる?
どうすれば、
少し楽になる?
そんなことを、一つずつ考えていました。
「できない」を確認するためではない
活字が入りにくい。
→ 声に出したら?
光がつらい。
→ 照明を変えたら?
音がつらい。
→ 耳栓は?
長い話で抜ける。
→ 短く話したら?
70ピースが難しい。
→ 今は40ピースでもいい。
私は、本人の能力を測るためではなく、どうしたら本人が暮らせるか
を考え始めていました。
NEARについて調べた時、私は、
「あぁ、方向としては、これに近いのかもしれない」
と思いました。
もちろん、家庭で母娘が試していたことと、専門家が行うNEARは、同じものではありません。
でも、
できないことで終わらず、本人に合うやり方を探して生活へつなげる
という考え方には、共通するところがあるように感じました。
今振り返って思うこと
統合失調症というと、私は最初、妄想や幻聴ばかりを見ていました。
それが落ち着けば、元に戻る。
そんなふうに思っていたところもありました。
でも、実際に本人が少し落ち着いてくると、今度は、認知機能の変化が見えてきました。
読めない。
疲れる。
集中が続かない。
パズルが難しい。
今まで簡単だったことが、今は難しい。
私は、そのたびに、ものすごく心配しました。
でも、NEARについて調べて、少し考え方が変わりました。
「できるか、できないか」だけを見る必要はない。
できないなら、
どういう方法ならできる?
どこまでならできる?
その工夫を、実際の暮らしにどう使う?
そこまで含めて、リハビリテーションなのだと思いました。
一方で、NEARは、「記憶が飛ぶように見える現象」を、直接止める治療ではありません。
何が起きているのか分からないことは、まず医療者に相談する。
そのうえで、認知機能の困りごとがあるなら、認知リハビリテーションという選択肢もある。
今の私なら、そんなふうに考えます。
そして、せっかちな母として、一番覚えておきたいのは、やっぱり、これです。
焦らない。
本人の回復を、試験にしない。
本人自身が、少しでも暮らしやすくなる方法を、一緒に探していく。
NEARを知ったことで、私たちが始めていた「作戦会議」の意味も、少し整理できた気がしました。
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- 精神科入院中に持って行って役立ったもの・合わなかったもの|水筒、耳栓、ドリル、塗り絵まで
※NEARを含む認知機能リハビリテーションの実施状況や対象、開始時期は医療機関によって異なります。本人に適しているかどうかは、主治医・作業療法士などの医療専門職にご相談ください。


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