入院10日目。
この日は仕事の都合で、午前中に面会へ行きました。
前日、本人と病気について話しました。
そして私は、これからは、
「今まで通りにできないことは何か」
「だったら、どうすればできるか」
を一緒に整理していこうと思うようになっていました。
病気になる前と比べて、
「あれもできない」
「これもできない」
と落ち込むのではなく、今の本人の状態を知る。
そのうえで、できる方法を探す。
そんな作戦会議を、少しずつ始めようと思っていました。
→ 入院9日目|「私の病気って?」統合失調症だと伝えた私より、本人の方がずっと落ち着いていた
できること、まだ難しいことを少しずつ見ていこう
4人部屋へ移ってから、私は一つ気になっていました。
本人が、カーテンを閉めて、ベッドで横になっている時間が長いことです。
もちろん、疲れている時には、休めばいい。
頭痛がある時まで、無理に動く必要はありません。
でも、体調が許すなら、少しずつ病室の外にも出られた方がいいのかな、と思いました。
私は本人に、
「頭が痛くない時は、デイルームに出てみたり、OTに参加できる日は参加したりしてみたら?」
と話しました。
無理をする、という意味ではありません。
病室のベッドだけで一日を終えるのではなく、今できる範囲で、少し違う刺激にも触れてみる。
そのくらいの意味でした。
OTには、ほぼ参加できていた
本人に聞くと、頭痛がひどくない日は、午前中のOTには、ほぼ参加しているとのことでした。
だいたい、11時半頃まで。
「お、ちゃんと行ってるんだ」
と思いました。
OTでは、塗り絵をしたり、折り紙を折ったり、いろいろな作業をすることが多いようでした。
以前、私が持って行った細かい「大人の塗り絵」は、
「疲れる。持って帰って」
だったのですが(笑)、
OTで行う作業なら、本人なりに参加できているようでした。
同じ「塗り絵」でも、内容や難しさ、その日の体調によって違うのだと思います。
「40ピースはできた。でも70ピースができない」
そんな話をしていると、本人が、少し悔しそうに言いました。
「パズルね、40ピースはできたんだけど、70ピースができないの」
暇な時間に、ジグソーパズルも始めていたようです。
40ピースは、特に問題なくできた。
でも、70ピースになると、うまくできない。
本人としては、そこが気になっているようでした。
私は、
「まぁ、焦るなさ」
と返しました。
「根を詰めないようにね」
「そのうちできるさ」
と。
本人には、そう言いました。
でも、心の中では私も心配していた
本人に、
「焦るな」
と言いながら、私の頭の中には、すぐに別の考えが浮かびます。
パズルができない?
今だけ?
この先も?
こういう時、私の頭は早いです。
悪い意味で(笑)。
一つできないものを見つけると、その先まで一気に考えてしまう。
でも、40ピースはできています。
70ピースは、今は難しい。
分かっているのは、それだけです。
それ以上のことは、まだ何も分かりません。
「焦るな私」と言い聞かせることにした
私は、もともとかなりせっかちな方です。
何か問題があったら、
「じゃあ、どうする?」
とすぐに考えます。
解決方法を探す。
次の手を考える。
動く。
そういうタイプです。
それ自体は、悪いことではないと思っています。
実際、今回も病院を探したり、
制度を調べたり、病気について勉強したりする時には、この性格が役立ちました。
でも、本人の回復については、せっかちさが邪魔になることもある。
本人が、
「70ピースができない」
と言った時に、私まで、
「なんで?」
「じゃあこれは?」
「これはできる?」
とやり始めたら、本人を焦らせてしまいます。
だから、この頃から、私は自分に言い聞かせるようになりました。
焦るな、私。
本人を、
不安にさせない。
焦らせない。
今できないことを、
「この先もできないこと」にしない。
これは、私自身の課題でもありました。
この日は、お昼ごはんを食べながら面会した
この日は、ちょうど昼食の時間と重なったので、本人がお昼を食べているところを見ながら、面会しました。
そして、また一つ、うれしい変化がありました。
ご飯を完食できるようになってきた
ということです。
入院直後は、ほとんど食べられませんでした。
点滴になり、
「点滴はもう嫌」
と言って、ようやくおかゆを少し食べるところから始まりました。
そこから、おかゆは量が多く見えるから白米にしてもらい、
それでも、食べきれずに悩んでいました。
本人は、残すことにも、
「作ってくれた人に悪い」
と罪悪感を持っていました。
それが、少しずつ、完食できるようになってきました。
→ 入院3日目|「点滴はもう嫌」食べられなかった本人が、おかゆを食べると言った日
→ 入院4日目|「作ってくれた人に悪い」食事を残せず悩んだ日
「病院のご飯、うちのご飯に似てるね」
食事を見ていると、私は少し安心しました。
和食中心で、魚や野菜があって、我が家で普段食べているものと、それほど大きく違いません。
本人も、病院の食事自体は、比較的気に入っているようでした。
私は、
「何か差し入れしようか?」
と聞きました。
本人は、
「いらない」
と言いました。
そして、今は、病院のご飯を完食するだけで精いっぱい、というようなことを話しました。
それでいいと思いました。
食べられるようになってきたからといって、さらに何か足す必要はありません。
今は、目の前に出てくる食事を、理のない範囲で食べられる。
それだけで十分でした。
できないことだけでなく、できるようになったことも見る
この日は、70ピースのパズルができない、という話がありました。
どうしても私は、そういうところに目が行きます。
でも、同じ日、OTには参加できています。
40ピースのパズルはできています。
本人自身が、
「70ピースは難しい」
と自分の状態を言葉にできます。
食事も、完食できるようになってきました。
入院直後と比べれば、できるようになったことも、かなり増えています。
なのに、親は一つできないものを見つけると、そっちばかり気になる。
困ったものです。
だからこそ、
「できないものを探す」作戦会議にはしない
ようにしようと思いました。
今できること。
まだ疲れること。
少し工夫すればできること。
今は休んだ方がいいこと。
それを、本人と一緒に見つけていく。
そのくらいでいい。
回復を「テスト」にしないようにしたい
この頃の私は、本人の頭の働きが気になっていました。
活字は入る?
パズルはできる?
ドリルは?
新聞は?
会話は続く?
つい、いろいろ確認したくなります。
でも、それが、本人にとって毎日、
「昨日よりできるようになったかを試される時間」
になってしまったら、しんどいと思います。
40ピースができたから、次は70。
70ができたら、次は100。
そんなふうに、回復を試験みたいにしたくはありません。
今日は、40ができた。
70は、まだ難しかった。
なら、今日はそれで終わり。
またやりたくなったら、やればいい。
そのくらいの距離で見ていこう。
私は、そう思うようになりました。
今振り返って思うこと
入院10日目。
本人は、頭痛がひどくない日は、OTにほぼ参加できるようになっていました。
折り紙。
塗り絵。
いろいろな作業。
そして、暇な時に始めたジグソーパズル。
40ピースはできる。
でも、70ピースはできない。
本人は、少し悔しそうでした。
私は、
「焦るなさ。そのうちできるよ」
と言いました。
そして心の中で、同じ言葉を、自分にも言いました。
焦るな、私。
今できないことを、この先ずっとできないことだと思わない。
本人を焦らせない。
不安にさせない。
そして、できないことばかりではなく、できるようになったことも、ちゃんと見る。
この日は、ご飯も完食できるようになってきました。
入院直後には、ほとんど食べられなかった本人です。
一日ずつ見ると、
「まだこれができない」
が気になります。
でも、数日前と比べれば、できることは確実に増えていました。
作戦会議は、始まったばかりです。
目標は、病気になる前と同じことを、一日でも早く全部できるようにすることではありません。
今の本人が、少しでも楽に暮らせる方法を一緒に探すこと。
それを忘れないようにしようと思いました。


コメント