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精神科の保護室は何日で出られる?わが子が保護室から4人部屋へ移るまで

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精神科の保護室に入ったとき、家族として気になったことの一つが、

「ここには、いつまでいるんだろう」

ということでした。

1日なのか。
3日なのか。
1週間なのか。

「○日たったら出られる」という目安があるのかも、当時の私は知りませんでした。

わが子の場合は、入院したその日に保護室へ入り、その後いきなり完全に4人部屋へ移ったわけではありません。

4人部屋で過ごしてみる。
光や生活音がつらくなって、また保護室へ戻る。

そんな期間を経ながら、少しずつ4人部屋で過ごせるようになっていきました。

この記事では、精神科の保護室には何日いるのか、期間に決まりはあるのかについて、わが子が実際に保護室から4人部屋へ移っていった経過とともにまとめます。

精神科の保護室には「○日で出られる」という決まりはない

最初に結論からいうと、

「保護室は3日まで」
「1週間たったら出られる」

といった、一律の日数が決められているわけではありません。

厚生労働省の基準では、隔離は本人または周囲に危険が及ぶ可能性が著しく高く、ほかの方法ではその危険を避けることが著しく難しい場合に、本人の医療や保護を目的として行うものとされています。 (参考サイト:厚生労働省)

つまり、

「何日たったか」ではなく、「その時点で隔離が必要な状態なのか」

によって判断されるものです。

12時間を超える隔離には精神保健指定医の判断が必要で、隔離の開始と解除の日時や理由も診療録に記録することが求められています。隔離中にも、定期的な会話などによる注意深い観察と、適切な医療・保護が必要とされています。 (参考サイト:厚生労働省)

だから、ほかの人が「3日だった」「1週間だった」と書いていても、

自分や家族も同じ日数で出られるとは限りません。

私も後から、そこを理解しました。

わが子は入院した日から保護室へ入った

わが子は統合失調症の初発で救急受診し、その日のうちに医療保護入院となりました。

そして、入院直後に入ったのが保護室でした。

最近になって本人に当時のことを聞くと、

「病院に来た日から、最初の3日くらいはほとんど覚えてない」

と言います。

ただ、本当に何も覚えていないわけではありません。

「あのとき、こういう話をしたよね」

「こんなことがあったの覚えてる?」

とこちらから具体的に聞いていくと、

「ああ、それは何となく覚えてる」

と、ポツポツ記憶が出てくることがあります。

ですから私は、

「3日間、意識がなかった」

とは考えていません。

実際、こちらの問いかけに答えたり、会話したりもしていました。

ただ、本人の中には、その時期の記憶がかなり残りにくかったようです。

なぜ記憶が曖昧なのかは分かりません。

当時は精神症状だけでなく、強い頭痛や睡眠の問題などもあり、治療も始まったばかりでした。

原因については、家族の私が決めつけないようにしています。

私は何人もの看護師さんに「いつ出られます?」と聞いた

入院したばかりのころ、私にとって保護室は、やっぱり少し異様な空間に見えていました。

必要最低限の物しかない部屋。

自由に出入りできるわけでもない。

だから私は、

「早くここから出ないと」

と思っていました。

それで、病棟へ行くたびに、いろいろな看護師さんに聞きました。

「保護室って、どのくらいで出られるんですか?」

一人だけではありません。

何人かの看護師さんに聞きました。

返ってくる答えは、みんなほとんど同じだった

不思議なくらい、返ってくる答えは同じでした。

「100人いれば100通りです」

「個人差があるので、いつとは言えません」

「1週間くらいの人もいれば、もっとかかる人もいます」

「症状や程度によっても違いますからね」

そんな説明でした。

病棟の看護師さんにも、いろいろな方がいました。

その中に、ものすごくフレンドリーで、とても話しやすい看護師さんが一人いました。

私は内心、

「この人なら、もう少し具体的に教えてくれるかも」

と期待していました(笑)。

それで、その看護師さんにも聞いてみました。

「実際のところ、保護室ってどのくらいで出られるんですか?」

すると――

答えは、まったく同じでした。

「100人いれば100通りですよ」

(笑)。

ここまでみんな同じことを言うと、

「これ、マニュアルに書いてあるのかな」

と思ったくらいです。

でも、話を聞けば聞くほど、

「そりゃそうか」

と納得しました。

同じ病名でも状態は違う。

保護室が必要になった理由も違う。

症状の強さも、治療への反応も違う。

だったら、

「普通は○日です」

なんて簡単には言えないんですよね。

それから私は「いつ?」と聞くのをやめた

このころから、私は少しずつ、

「いつ保護室を出られますか?」

と聞くのをやめました。

そして、しばらくすると気づきます。

「いつ頃退院できますか?」

と聞いても、答えはほとんど同じでした。

「個人差があります」

(笑)。

保護室を出る時期も、退院する時期も、

「○日目だから次へ進む」

というものではありませんでした。

それ以来、私は「いつ?」よりも、

「今日は昨日より何ができた?」

を見るようになっていった気がします。

4人部屋で少し長く過ごせた。

本人から「音がつらい」と言えた。

保護室へ戻って休めた。

また次の日に4人部屋へ行ってみた。

そういう一つひとつの変化を見る方が、当時のわが子には合っていたのだと思います。

「保護室を出る日」が突然やってきたわけではなかった

私は最初、

保護室にいる → ある日許可が出る → 大部屋へ移る

という流れをなんとなく想像していました。

実際は、もう少し段階的でした。

まずは4人部屋で過ごしてみる

わが子の場合、保護室から4人部屋へ完全に移る前に、4人部屋で少し過ごしてみる時期がありました。

いわば、私から見ると4人部屋で生活する練習期間のようなものでした。

4人部屋へ行ってみる。

そこで過ごしてみる。

大丈夫そうなら、少し長くいる。

そんなふうに、少しずつ環境が変わっていきました。

そして私は、

「あ、もう保護室から出たんだ」

と単純に喜んでいたのですが、本人にとってはそう簡単でもなかったようです。

つらくなると自分から「保護室に戻る」と言った

このころの本人は、特に光と音を強くつらく感じていました。

4人部屋では、

「生活音で頭が痛くなる」

「光でも頭が痛い」

と言うことがありました。

そして、ときには自分から、

「保護室に戻る」

と言って戻っていました。

そのため、しばらくは、

保護室と4人部屋を行ったり来たりする

ような時期がありました。

これを見て、私は初めて、

保護室から出ることは、単純に「今日から終了」というものではない場合もあるんだ

と知りました。

本人にとっては「4人部屋より保護室の方が落ち着く」こともあった

これが、家族だった私にはかなり意外でした。

私は当然、

「早く保護室から出たいだろう」

と思っていたのです。

ところが本人は、

「保護室の方が落ち着く」

と言いました。


本人が実際に過ごした保護室の中や、持ち物・トイレ・カメラ・面会の様子はこちらにまとめています。
▶ 精神科の保護室ってどんなところ?トイレ・持ち物・カメラ・面会を家族の体験から

4人部屋には「普通の生活音」がある

4人部屋には、当然ですが人がいます。

話し声。

人が動く音。

ドアの開け閉め。

照明。

そのほかにも、病室で普通に暮らしていればさまざまな生活音があります。

私なら特に気にしない程度のものです。

でも、そのころの本人にとっては、その普通の刺激がかなりつらかったようです。

「頭が痛い」

と言って保護室へ戻る。

そんな姿を何度か見ました。

刺激の少ない保護室が「休める場所」になっていた

保護室の中には、余計な物がほとんどありませんでした。

わが子の病院の場合、私が覚えている範囲では、布団と壁掛け時計、トイレくらい。

生活音も4人部屋より少ない。

本人にとっては、その刺激の少ない環境の方が楽だったようです。

私はそれを見ながら、

「保護室って、本当に休む場所でもあるんだな」

と思いました。

もちろん、隔離は行動制限です。

誰にとっても快適な場所だとか、保護室に入る方がよいという意味ではありません。

ただ、少なくともわが子の場合、その時期には刺激の多い4人部屋より保護室の方が落ち着けると本人が感じていた。

これは家族として実際に見なければ、私はたぶん知らなかったことです。

保護室から4人部屋へ移ったのは入院6日目ごろだった

入院6日目。

いつものように病棟へ行き、保護室の前にある本人のロッカーを見ると、

中が空っぽになっていました。

「あれ?」

と思いました。

そして、本人が4人部屋へ移ったことを知りました。

ここまで来ると、

保護室を中心に過ごす段階から、4人部屋で生活する段階へ移ったんだ

と、家族の私にも分かるようになりました。

ただ、ここで大切なのは、

「うちの子は6日ほどだったから、保護室は1週間くらい」

という話ではないことです。

これはあくまで、わが子の場合の経過です。

保護室を必要とする理由も、症状も、治療経過も人によって違います。

厚生労働省の基準でも、隔離は必要性に基づいて行うものであり、機械的に期間を決めるものではありません。厚労省の指導監督上も、隔離が複数日に及ぶ場合には1日1回の医師の診察が行われているか、必要以上に隔離が続いていないかなどが確認事項とされています。 (参考サイト:厚生労働省)

「何日で出られる?」より「何ができるようになった?」を見ていた

家族としては、

「あと何日?」

と知りたくなります。

私もそうでした。

でも、わが子の経過を見ていると、日数より、

少し4人部屋で過ごせた

光や音がつらくなったことを本人が伝えられた

つらいときには保護室へ戻った

また4人部屋で過ごしてみた

という、一つひとつの変化の方が大事だったように思います。

そして最終的には、4人部屋で過ごす時間が増えていきました。

「保護室を出られた!」

という一本の線ではなく、

行ったり来たりしながら、少しずつ次の生活環境へ移っていった。

私の記憶に残っているのは、そんな経過です。

「早く出ること」だけが回復ではなかった

当時の私は、当然、

保護室より4人部屋。

4人部屋より退院。

一日でも早く次へ進むことが「よくなること」だと思っていました。

でも本人が、

「保護室の方が落ち着く」

「光がつらい」

「生活音で頭が痛い」

と言うのを聞いて、少し考え方が変わりました。

本人にとって必要なのは、

一日でも早く保護室から出ることではなく、その時の状態で無理なく過ごせる場所にいること

なのかもしれない。

保護室へ戻ることも、

「後戻り」

ではなかったのだと思います。

その日は、その環境の方が休めた。

ただそれだけだったのかもしれません。

今振り返ると、

「何日で出られるの?」と日数だけを気にしていたのは、本人ではなく私の方だった

ような気もします。

保護室の期間は、その人の状態によって違う

精神科の保護室について検索すると、

「何日?」

「いつまで?」

「1週間?」

「出られない?」

といった言葉が並びます。

家族が検索したくなる気持ちは、とてもよく分かります。

でも、私が実際に経験して分かったのは、

保護室には一律の滞在日数があるわけではない

ということでした。

そして、保護室から一般の病室へ移る経過も、一人ひとり違います。

わが子の場合は、保護室と4人部屋を行ったり来たりしながら、少しずつ4人部屋で過ごせるようになりました。

保護室を出ることだけをゴールにせず、

その時の本人が、どこなら安全に、少し楽に過ごせるのか。

家族としては、そこを見ることも大切だったのだと思っています。

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保護室へ入った日のことや、保護室に入る基準についてはこちらに書いています。

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