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入院1日目③|統合失調症と告げられ、医療保護入院へ。初めて見た保護室

📖 ある日からの記録
🔒 本人のプライバシー保護のため、一部の情報をぼかして記載しています。

なんとか受け入れ先の病院に到着し、診察を受けることになりました。

朝からずっと、

「とにかく専門の医師に診てもらいたい」

それだけを考えていました。

けれど、診察が始まると、私は初めて、

「今日はこのまま帰れないかもしれない」

と現実的に感じ始めます。

前回の記事はこちらです。

→ 入院1日目②|精神科を今日受診したい。でも予約は先だった。緊急相談から病院が決まるまで

診察では、私がほとんど答えることになった

診察を担当してくれたのは、経験のありそうな医師でした。

本人も質問には答えようとしていました。

ただ、現実とは異なる強い思い込みがあり、加害する側と被害を受ける側の認識が混ざったような話も出ていました。

そのため、診察では私がかなりの部分を補足することになりました。

本人の話だけでは状況を伝えきれなかった

本人はまったく話せないわけではありません。

普通に受け答えできる場面もありました。

でも、話の途中で現実とは違う内容が混ざります。

私から見ると、

「そこまでは合っている」
「そこから先は違う」

ということが何度もありました。

この時、

家族が普段の本人を知っていることには意味がある

のだと感じました。

本人の話を否定するためではなく、

「いつもと何が違うのか」

を医師に伝えるためです。

私から病名を尋ねた

医師は最初から病名を強く言うという感じではありませんでした。

私はそれまでに自分なりに調べていたので、

「統合失調症でしょうか」

という趣旨のことを尋ねました。

すると、

「おそらくそうだと思われます」

という説明がありました。

私は、ものすごく驚いたというより、

「やっぱりそうなのか」

という感覚でした。

数日前から続いていた異変に、ようやく名前がついたように感じました。

入院が必要だと説明された

診察の中で、

このまま帰宅するのではなく、入院して治療を受ける必要があるという説明を受けました。

私が想像していた以上に、状態は重く見られていたようでした。

入院期間は長くなる可能性があると言われた

入院について説明を受けた時、

「長ければ数か月になる可能性がある」

という話もありました。

私はそこで初めて、

精神科の入院はそんなに長くなることがあるのか

と驚きました。

その日の朝まで、

「病院で診てもらえば何か分かる」

くらいに考えていたのです。

それが、

「今日から入院」
「しかも長期になるかもしれない」

という話に変わりました。

現実が一気に進んでいく感じでした。

それでも、家に連れて帰る選択は考えなかった

不安はありました。

でも、

「入院はやめて家で見ます」

という気持ちにはなりませんでした。

その日の明け方には警察が来ています。

本人は現実とは違うことを強く信じていました。

食事も取れていない。

頭痛も強い。

家族との関係についての認識も変わっている。

私はもう、

専門家に任せるしかない

と思っていました。

発熱していて、感染症の検査も受けた

入院が決まる流れの中で、検温がありました。

本人には発熱がありました。

そのため、感染症の検査も受けることになりました。

検査の時、初めて聞くような暴言が出た

鼻から行う検査だったのですが、本人はかなり嫌がりました。

痛みや不快感もあったのだと思います。

その時、普段の本人からは想像できないような強い言葉が次々と出ました。

私は、

「こんな言い方をする子だったっけ」

と驚きました。

でも、看護師さんたちは慣れている様子で、淡々と対応してくれました。

私は横でひたすら申し訳ない気持ちになっていました。

食事を勧めても、家族ではないと言われた

検査結果を待つ間、持ってきた軽食を出しました。

すると本人から、

「家族でもないのに、どうして用意したのか」

というようなことを言われました。

私はもう、まともに訂正し続けるのをやめていました。

「そういうことにしておこう」

くらいの気持ちで、その場をやり過ごしていました。

この頃になると、

妄想を一つ一つ正そうとするより、まず安全にその場を進める

ことしか考えていませんでした。

→ 統合失調症の妄想に家族はどう接する?初発時に私が戸惑ったこと

閉鎖病棟に入り、初めて保護室を見た

検査が終わり、いよいよ入院することになりました。

入院病棟へ進むと、扉は施錠されていました。

私はそこで初めて、

精神科の閉鎖病棟という場所を実際に見る

ことになります。

保護室は、想像していた病室とは違った

さらに奥に進み、保護室を見ることになりました。

私が想像していた「入院する部屋」とは、まったく違いました。

余計なものがほとんどなく、非常に簡素な空間でした。

安全のためにそうなっているのだろうとは思いました。

でも、初めて見た家族としては、

「ここで生活するのか」

という衝撃がありました。

監視できる環境の中で、しばらく過ごすことになるという説明も受けました。


当時は私も保護室がどんな場所なのかまったく知りませんでした。実際に見た部屋や持ち込み制限については、こちらにまとめています。
▶ 精神科の保護室の中はどうなっている?家族が実際に見た様子

このあと本人はしばらく保護室で過ごし、少しずつ4人部屋へ移っていきました。
▶ 精神科の保護室は何日で出られる?実際の経過はこちら

当時は「医療保護入院になったから保護室に入るのかな」と思っていましたが、後から調べると、この二つは別のものだと分かりました。
▶ 精神科の保護室に入る基準と、医療保護入院との違いはこちら

男性スタッフが多い理由を、その場で実感した

病棟には男性スタッフも多くいました。

最初は少し意外に感じました。

でも、すぐに理由が分かりました。

本人が不安だったのか、怖かったのか、病棟の中へ入ろうとしませんでした。

スタッフが複数人で対応することになりました。

私は、

精神科の入院は、本人が自分から静かに病室へ入っていくケースばかりではない

ということを、その場で初めて知りました。

子どもが保護室に入っていく姿を見た

本人はスタッフに付き添われながら、保護室へ入ることになりました。

その光景を見た時、私は初めて泣きました。

診断を聞いた時ではありません。

「統合失調症」という言葉を聞いた時でもありません。

自分の子どもが保護室へ入っていく姿を見た時でした。

「見ない方がいいかもしれない」と言われた

近くにいた医療スタッフから、

「見ない方がいいかもしれません」

という趣旨の声をかけられました。

でも私は、

「自分の子どものことなので、最後まで見ます」

という気持ちでした。

つらかったです。

それでも、見ておきたいと思いました。

何が起きているのか。

どんな場所に入るのか。

どうやって治療が始まるのか。

知らないまま帰ることはできませんでした。

最後に顔を見て、手を振った

最後に、わずかな隙間から本人の顔が見えました。

私は手を振りました。

その日の朝まで、一緒に家にいた子どもです。

それが数時間後には、施錠された病棟の中にいる。

あまりにも急な変化でした。

でも、

「ここまで来たら、もう治療してもらうしかない」

という気持ちもありました。

統合失調症と聞いても、ショックより納得が大きかった

家族が統合失調症と診断された。

文字だけ見ると、ものすごく大きな出来事です。

実際、大きな出来事でした。

でも、この日の私の感情は、

「そんなはずはない」

ではありませんでした。

数日間の異変に説明がついた

現実とは違う強い思い込み。

家族を家族だと思えない。

自分が重大なことをしたと思い込む。

会話が成り立つ時と、まったく違う話になる時がある。

こうしたことを数日間見ていたので、

「統合失調症かもしれない」

という説明には、むしろ納得する部分がありました。

病名そのものよりも、

「これで治療が始まる」

ということの方が大きかったです。

もう家族だけではどうにもできなかった

明け方の警察。

受診先探し。

本人が動かない時間。

長い移動。

診察。

そして入院。

長い一日でした。

私は、

家族が頑張れば何とかなる段階は、もう過ぎていた

と思います。

この日、専門家に引き渡せたことで、ようやく少しだけ、

「これから治療が始まる」

と思うことができました。

入院1日目を振り返って

この日の朝、私は、

「とにかく今日病院へ」

と思っていました。

その日の終わりには、子どもは精神科の閉鎖病棟に入院していました。

数時間で、生活がまるごと変わりました。

このブログ名にある、

「ある日から」

という感覚は、まさにこの日から始まったように思います。

でも、入院すればすぐ元に戻るわけではありません。

ここから、

薬が始まり、

面会が始まり、

本人の変化を毎日見ながら、

私は統合失調症について調べ続けることになります。

次からは、入院後の記録を書いていきます。

← 入院1日目②|📖 入院記録一覧|入院2日目 →

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