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入院9日目|「私の病気って?」統合失調症だと伝えた私より、本人の方がずっと落ち着いていた

📖 ある日からの記録
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入院9日目。

この日は、面会していて、

「おっと。かなり戻ってきた?」

と思いました。

会話が、ずいぶんまともになっていたからです。

ほんの少し前まで、話がかみ合わなかった。

現実とは違う話が混じる。

こちらが何を言っても、届いているのか分からない。

そんな状態でした。

それが、普通に話せる。

普通に返事が返ってくる。

冗談も言える。

私は、かなりホッとしました。

  1. 「おーい、帰っておいで」はまだ続いていた
    1. 「また、どっか行ってた?」
    2. 会話は戻っている。でも長くなると途切れる
  2. 「私の病気って?」
  3. 子どものことを、私が勝手に決めない
    1. 子どもは、私とは別の一人の人間
    2. 病気のことも、本人に伝えようと思った
  4. 「統合失調症という病気です」と伝えた
    1. 今なら、もう少し違う言い方をすると思う
  5. 私は、本人がショックを受けると思っていた
    1. ところが、本人は静かに聞いていた
  6. 昔から、感情の波がとても小さい子だった
    1. 大声でわめくような子ではなかった
  7. 「昔から頭の中がにぎやかだった?」
    1. 「たぶん、あった気がする。腑に落ちるところがある」
    2. だからといって、昔から統合失調症だったとは言えない
  8. 「母、完敗だ」と思った
  9. 私は「全部なくなった」と思って泣いた
    1. 私自身、「稼げる大人になること」を大切に育てられた
    2. 本人も、「自分で生きていける人」を目指していた
  10. 「この20年近くは何だったの」と思ってしまった
    1. すべてがなくなったように見えた
  11. だから、本人の方がもっとつらいと思っていた
    1. ところが、本人は「そっか」
  12. 「さぁ、ここからスタートだ」
    1. まず、「今まで通りできないこと」を整理しよう
    2. 「できない」で終わらせず、どうしたらできるかを考える
    3. QOLを上げるための「作戦会議」をしよう
  13. 今振り返って思うこと
  14. 関連記事

「おーい、帰っておいで」はまだ続いていた

ただ、完全に以前と同じ、というわけではありませんでした。

話している途中で、ときどき、本人の意識がこちらから外れたように見えることがありました。

「また、どっか行ってた?」

前日にも、私が長く話している途中で、本人の反応がふっと途切れたように見える瞬間がありました。

この日も、似たことがありました。

だから、私もだんだん慣れてきて、

「おーい、帰っておいで!」

と言う。

すると本人も、

「お、いかんいかん。またどっかにいっとった!」

と返してくる。

もはや、ちょっとしたコントみたいになっていました(笑)。

→ 入院8日目|「どっか違う世界にいっとった」笑って聞いた言葉が、帰り道で急に気になった

会話は戻っている。でも長くなると途切れる

短いやり取りだけなら、ほとんど気になりませんでした。

でも、私が長く話すと、途中で抜ける。

本人自身も、それに気づいている。

この頃の私は、

「集中が続かないのかな」

と思っていました。

統合失調症では、注意・集中や情報処理などの認知機能に変化がみられることがあります。

とはいえ、この時の本人に起きていたことが認知機能の変化だったのか、疲労や睡眠、薬などほかの要因だったのかは、この場面だけでは分かりません。

だから、この時はとりあえず、

「今は長話しすぎない方がいいのかな」

くらいに考えていました。

→ 統合失調症の認知機能障害とは?記憶・注意・処理速度について家族が調べたこと

「私の病気って?」

そんなふうに、かなり普通に会話できるようになってきた頃、本人から聞かれました。

「私の病気って?」

ついに来たな、と思いました。

私は、本人には本人のことを、できる限り本人に分かる形で伝えたいと思ってきました。

子どものことを、私が勝手に決めない

これは、今回の病気に限ったことではありません。

私の子育ての基本的な考え方でした。

子どもは、私とは別の一人の人間

子どもは、私の所有物ではありません。

私とは別人格です。

だから、本人に関係することを、親だからという理由だけで、私が全部決めることはしたくありませんでした。

本人が考える。

本人が決める。

困ったら、相談に乗る。

必要なら、私の考えも言う。

でも最後は、本人の人生です。

そういうつもりで、ずっと育ててきました。

病気のことも、本人に伝えようと思った

だから、

「本人には病名を言わない方がいいかな」

とは、私はあまり考えませんでした。

本人が、

「私の病気って?」

と聞いてきた。

なら、私は知っている範囲で答えよう。

そう思いました。

「統合失調症という病気です」と伝えた

私は、本人に言いました。

「統合失調症という病気です」

そして、その時の私は続けて、

「完全に治るというより、これから長く付き合っていく病気だと思ってる」

という趣旨のことを伝えました。

実際には当時、もっと強く、

「完全には治りません。一生付き合っていくものです」

という言い方をしました。

今なら、もう少し違う言い方をすると思う

ここは、今の私なら少し違う言葉を選びます。

当時の私は、入院したばかりで、

「統合失調症は一生付き合う病気」

という部分を強く受け止めていました。

でも、統合失調症の経過は一人ひとり違います。

厚生労働省も、統合失調症を回復可能な病気として説明しています。

治療を続けながら症状が落ち着き、社会生活を取り戻していく人もいます。

一方で、症状がほとんど消えても、再発予防のために通院治療を続ける場合があります。

だから今なら、

「すぐに全部終わる病気ではないかもしれない。でも回復して生活を取り戻していくことはできる。治療しながら付き合っていこう」

くらいに伝えると思います。

でも、あの日の私は、そう伝えました。

私は、本人がショックを受けると思っていた

私は、かなり身構えていました。

病名を聞いたら、

泣くかもしれない。

怒るかもしれない。

「どうして私なの」

と言うかもしれない。

「今まで頑張ってきたのは何だったの」

と言うかもしれない。

少なくとも、大きなショックを受けるだろう。

私は、そう思っていました。

ところが、本人は静かに聞いていた

本人は、私の話を、普通に聞いていました。

大泣きもしない。

怒りもしない。

取り乱しもしない。

ただ、

「そっか」

という感じです。

むしろ、何か腑に落ちたようにも見えました。

私は、拍子抜けしました。

昔から、感情の波がとても小さい子だった

考えてみると、本人は昔から、感情がかなり安定している子でした。

小学校。

中学校。

高校。

学校の評価でも、

落ち着いている、

情緒が安定している、

というようなことを書かれることがありました。

大声でわめくような子ではなかった

思い通りにならないから、

ギャーッと泣きわめく。

怒って物に当たる。

そういうことは、ほとんどありませんでした。

だから、病名の話も、本人らしいと言えば、本人らしい受け止め方だったのかもしれません。

それでも、私は驚きました。

これほど大きな出来事なのに、

「そっか」

で受け止めるの?

と思いました。

「昔から頭の中がにぎやかだった?」

本人の反応があまりに淡々としていたので、私は、ふと思いました。

そして聞きました。

「ひょっとして、昔から頭の中がにぎやかだった?」

すると本人は、また、とんでもないことを、しれーっと言いました。

「たぶん、あった気がする。腑に落ちるところがある」

本人は、

「たぶん、あった気がする」

そして、

「腑に落ちるところがある」

というようなことを言いました。

私は、びっくりしました。

まじか。

と思いました。

本人の中では、今回突然すべてが始まった、

という感覚ではなかったのかもしれません。

関連記事:「ならない前には戻らないし」本人の言葉で、統合失調症への向き合い方が変わった

だからといって、昔から統合失調症だったとは言えない

ここは、今振り返る時に、とても慎重に考えています。

本人が昔から、頭の中がにぎやかだったような感覚を持っていたことと、その頃から統合失調症だったことは、同じではありません。

後から病気が分かったことで、昔の経験の意味づけが変わることはあります。

でも、過去の一つ一つを、全部、

「統合失調症の始まりだった」

と決めることはできません。

→ 統合失調症はいつから始まる?「神経発達仮説」を知って過去を振り返った

「母、完敗だ」と思った

私は、本人が病気になったことを、ものすごく悔しく思っていました。

本人以上に、私の方が、

「どうして?」

と思っていたのだと思います。

でも本人は、

「腑に落ちるところがある」

と言う。

私は、もう、

「母、完敗です」

という感じでした。

人間、あまりに驚くと、案外そんなものなのかもしれません。

私は「全部なくなった」と思って泣いた

本人は落ち着いていました。

でも、私は違いました。

私は、ものすごく泣きました。

こんな気持ちになったのは、生まれて初めてでした。

私自身、「稼げる大人になること」を大切に育てられた

私は、自分の親から、

「自分で稼げる大人になるように」

という考え方で育てられました。

教育にも、かなりお金をかけてもらいました。

そのおかげで、大人になってから、一人で子どもを育てる状況になっても、それなりに生活してこられました。

子どもがやりたいと言った習い事も、やりたいことも、できる限り、お金を理由に諦めさせずに済みました。

本人も、「自分で生きていける人」を目指していた

本人は、そんな私を見て育ちました。

勉強する。

力をつける。

自分で稼げるようになる。

自分の人生を、

自分で支えられるようになる。

本人自身も、そこを目指していたと思います。

そして、本当によく努力してきました。

簡単に、

「頑張った」

では済まないくらい、ずっと積み重ねてきました。

「この20年近くは何だったの」と思ってしまった

だから、今回のことが起きた時、私は思いました。

なんで。

こんなことが起きるの。

今まで、本人と私が、積み重ねてきたものは何だったの。

私は、この20年近くを、全部ひっくり返されたような気持ちになりました。

すべてがなくなったように見えた

もちろん、今なら、そんなことはなかったと分かります。

本人が勉強してきたことも、

身につけた力も、

経験も、

人柄も、

病名がついた瞬間に消えたわけではありません。

でも、あの時の私には、

全部なくなった

ように見えました。

これまでの本人の努力を知っているからこそ、口惜しくて仕方がありませんでした。

だから、大泣きしました。

だから、本人の方がもっとつらいと思っていた

私は、こんなに悔しい。

だったら、本人は、どれほどつらいだろう。

自分が積み上げてきたものを、本人は一番知っています。

だから、病名を知ったら、もっと崩れるだろう。

私は、そう思っていました。

ところが、本人は「そっか」

本人は、静かでした。

自暴自棄にもならない。

怒りもしない。

全部投げ出すとも言わない。

自分に起きていることを、

淡々と聞いている。

私は、またしても拍子抜けしました。

そして、少し救われました。

でも同時に、その落ち着きが、なぜか余計につらくもありました。

「さぁ、ここからスタートだ」

でも、本人が前を向けるのなら、私も、いつまでも泣いているわけにはいきません。

病気になる前へ、完全に時計を戻すことはできません。

だったら、今の本人と、ここから先を考えるしかない。

まず、「今まで通りできないこと」を整理しよう

私は、少しずつ考え方を変え始めました。

以前と比べて、

今できないことは何か。

何をすると疲れるのか。

どういう方法ならできるのか。

どんな環境なら楽なのか。

一つずつ、整理してみよう。

「できない」で終わらせず、どうしたらできるかを考える

活字が入りにくい。

なら、声に出したらどうか。

細かい塗り絵は疲れる。

なら、別の暇つぶしにしよう。

大部屋の音が気になる。

なら、耳栓は使えるか。

少しすると集中が切れる。

なら、長時間やらず短く区切ろう。

以前と同じ方法で無理なら、

別の方法を試せばいい。

私は、そう考えるようになりました。

QOLを上げるための「作戦会議」をしよう

病気になる前と、まったく同じ生活に戻すことだけを、目標にしなくてもいい。

本人が、少しでも楽に、自分のやりたいことをできる生活。

本人なりの、生活の質を上げていくこと。

そこを考えていこう。

「じゃあ、作戦を立てるか」

そんな気持ちになりました。

今振り返って思うこと

入院9日目。

会話は、かなり普通に戻っていました。

でも、ときどき本人は、どこかへ行ってしまう。

私が、

「おーい、帰っておいで!」

と言うと、

本人は、

「いかんいかん、またどっかいっとった!」

と笑う。

そんな日でした。

そして、本人から、

「私の病気って?」

と聞かれました。

私は、統合失調症だと伝えました。

本人は、驚くほど静かに受け止めました。

昔から、頭の中がにぎやかな感覚があった気がする。

腑に落ちるところがある。

そう言う本人を見て、私は、

母、完敗だ

と思いました。

病気になったことを、一番受け入れられていなかったのは、本人ではなく、私だったのかもしれません。

私は、

「全部なくなった」

と思って泣きました。

でも、

本人はそこにいる。

笑っている。

話している。

考えている。

本人が積み重ねてきたものだって、全部消えたわけではない。

だったら、ここからです。

今できないことは何か。

どうすればできるようになるか。

どうすれば、本人の生活を少し楽にできるか。

一つずつ、作戦を立てていけばいい。

入院9日目。

私の中でも、少しずつ、

「病気になる前へ戻す」から「ここから先を作る」へ

考え方が変わり始めた日でした。

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