入院した翌日。
前日に本人と、
「毎日会いに来るからね」
と約束しました。
病院までは近くありません。
仕事をしながら毎日通うとなると、正直かなり大変です。
それでも、できる限り毎日行こう。
時間がない日は高速道路も使おう。
そう決めました。
入院したばかりの本人を、
「病院に預けたから、あとは病院に任せよう」
とは、まだとても思えませんでした。
この日も仕事を終えてから、病院へ向かいました。
本人は、ほとんど保護室で寝ていたらしい
本人の説明と看護師さんの話を合わせると、この日は、ほとんど保護室で横になって過ごしていたようでした。
頭痛もあり、食欲もありませんでした。
「食べられそうなものを持ってきてください」と言われた
看護師さんから、本人が食べられそうなものがあれば持ってきてほしいと言われました。
そこで、本人が好きなお店に寄りました。
普段から食べ慣れているおせんべいと、本人が飲めそうなお茶を選びました。
本人は小麦系のものを避けていたので、そこも気をつけながら、
「何なら口にできるかな」
と考えて買いました。
入院した前日は、病院に連れて行くだけで精いっぱいでした。
でも翌日になると、今度は、
「何なら食べられるだろう」
という日常的な心配が始まりました。
夕食も、ほとんど食べられなかった
この日の夕食も、ほとんど食べられなかったようです。
本人が食べたのは、白いご飯をほんの少し。
おかずを見ながら、
「じゃがいもばっかりだよ〜」
というようなことを言いました。
その言い方が、妙にいつもの本人らしくて、私は少しほっとしました。
昨日までの混乱の中にも、ちゃんと本人らしい部分が残っている。
そんな感じがしました。
会った瞬間、まず驚いたのは「シャワーを浴びた」ことだった
面会で本人に会って、最初に驚いたことがあります。
本人が、
「シャワー浴びたよ」
と言ったことです。
入院前は、お風呂に入るよう声をかけても、なかなか動けない状態になっていました。
→ 入院4日前|独り言が急に増え、会話がかみ合わない。「明らかにいつもと違う」と感じた日
入院前には、入浴するだけでもかなり時間がかかった
ほんの数日前まで、
「お風呂入ったら?」
と声をかけても、実際に動くまで何時間もかかることがありました。
だから、入院した翌日に、
「シャワー浴びた」
と聞いた時、私は単純に、
「え、もう入れたの?」
と思いました。
本人の話では、入院中も比較的こまめにシャワーを使えるようでした。
精神科の入院に対して、私が勝手に抱いていたイメージとは、
少し違いました。
「薬ってすごい」と思った
この時点では、朝にエビリファイ(アリピプラゾール)、夜にオランザピンを服用していました。
用量はその後も状態を見ながら調整されていたため、ここでは詳しく記載していません。
そして、本人の話し方を見て、もう一つ驚きました。
前日とのあまりの違いに、当時の私は「薬ってすごい」と思いました。
前日まで、あれほど激しい言葉が出ていた本人が、この日は、ずっと反省していました。
「ひどいこと言ってごめんね」
「怒ってるよね」
と何度も言います。
ただ、今振り返れば、薬だけの影響だったのか、眠れたこと、刺激の少ない環境で休んだこと、病院で安全が確保されたことなどがどこまで関係していたのか、家族である私には分かりません。
でも、入院前日の本人と比べると、明らかに様子が違って見えました。
「私が怒ったから、ここにずっと置いていくの?」
この日の本人は、ずっと不安そうでした。
何度、
「怒ってないよ」
と言っても、安心できないようでした。
そして、私に何度も聞きました。
「私がひどいこと言ったから、ここにずっと置いていくの?」
「ずっとここにいるの?」
私は、胸が痛くなりました。
本人は「入院=罰」だと思っていたのかもしれない
本人からすると、昨日、母親にひどいことを言った。
警察も呼んだ。
そのあと病院へ連れて来られた。
そして、自分だけここに残された。
そんな流れです。
だから、
「自分が悪いことをしたから、ここに置いていかれた」
と思っていたのかもしれません。
私は、
「怒ったから入院させたんじゃないよ」
「病気を治して、元気になったら帰ろう」
と伝えました。
でも、本人の表情はなかなか晴れませんでした。
「許してもらえないと思ってる」と言った
私が、
「もう気にしてないよ」
と言っても、
本人は、
「許してもらえないと思ってる」
というようなことを言いました。
切なかったです。
入院前に本人が言ったことの多くは、症状が強い中で出たものでした。
私はもう、それを本人の本心だとは思っていませんでした。
それでも本人は、言ったことを覚えている。
だから本人自身は、自分を責めていました。
症状の時のことを、かなり覚えていた
私は、ここにも少し驚きました。
本人は、入院前に起きたことを、かなり覚えているようでした。
家族に言ったこと。
自分が警察へ電話したこと。
自分が何か悪いことをしたと思っていたこと。
全部が完全に整理できているわけではなさそうでしたが、
「何も覚えていない」わけではありませんでした。
「覚えているなら、それはそれでつらいだろうな」と思った
私は最初、症状が強い時の記憶は、あまり残らないのではないかと思っていました。
でも本人は、かなり覚えているようでした。
だったら、自分が言ったことや、したことを後から思い出して、恥ずかしくなったり、怖くなったり、後悔したりすることもあるのかもしれない。
私は、
「これはこれで本人にはつらいな」
と思いました。
加害も被害も、本人の中では現実だった
入院前の本人には、自分が誰かに危害を加えたという思い込みも、誰かに狙われているという不安もありました。
加害する側になったり、被害を受ける側になったり、話は行き来していました。
家族から見ると、ほとんどが現実とは合わない内容でした。
でも本人にとっては、その時は現実だったのだと思います。
→ 統合失調症の妄想に家族はどう接する?初発時に私が戸惑ったこと
ペットボトルの飲み物を怖がっていた
この日は、飲み物にも不安が残っていました。
本人は、私が家で作った麦茶なら飲めると言いました。
でも、ペットボトルの飲み物には抵抗があるようでした。
「殺される」とまだ思っているようだった
私は、本人が好きなお店で選んできたものだと説明しました。
「ちゃんと選んできたから大丈夫だよ」
「水分はなるべく取った方がいいよ」
と伝えました。
それでも、ペットボトルを飲むことへの不安は残っていました。
本人はまだ、誰かに何かされるのではないか
という怖さを持っているようでした。
表面上はかなり落ち着いて見えても、妄想や不安が全部なくなったわけではありませんでした。
落ち着いて見える=症状がなくなった、ではなかった
ここは、この日の本人を見て私が初めて感じたことです。
会話はかなり普通に戻っている。
謝ることもできる。
冗談っぽいことも言う。
シャワーにも入った。
それでも、飲み物を怖がっている。
「普通に見える部分」と「まだ症状が残っている部分」が同時にある。
入院前日にも、普通に笑っている時間と、現実とのずれが大きくなる時間がありました。
→ 入院前日|普通に笑う時間もあった。それでも夜、現実とのずれが一気に大きくなった
精神症状というのは、全部が一度に消えたり、
全部が一度に戻ったりするものではないのかもしれない。
私はそう感じました。
「ここ怖いよ」
面会の間、本人は何度も不安そうな表情をしていました。
そして、
「ここ怖いよ」
と言いました。
昨日まで家にいたのに、突然知らない病院にいる。
部屋から自由に出られない。
扉は施錠される。
知らない人ばかり。
怖いに決まっています。
私は「治ったら帰ろう」としか言えなかった
私は、
「大丈夫だよ」
「病気を治したら帰ろう」
と伝えました。
でも、本人からすれば、
「いつ帰れるの?」
が知りたい。
私は、その答えを持っていませんでした。
何日かかるのか。
何週間かかるのか。
この時の私には、何も分かりません。
だから、
「治ったら帰ろう」
としか言えませんでした。
明日はもっと早く来ると約束した
面会の終わりに、私は、
「明日は今日より早い時間に来るよ」
と言いました。
本人は、少し寂しそうに見えました。
それを見て、私も帰りたくなくなりました。
でも、面会時間には限りがあります。
病院のルールなので、帰らなければなりませんでした。
面会が終わると、扉が施錠された
私との面会が終わると、本人は部屋へ戻りました。
扉が閉まり、施錠されました。
本人は、布団に横になりました。
私は手を振って、帰ろうとしました。
忘れ物を取りに戻った
ところが、持ってきたものの一部を、ロッカーの上に置き忘れていることに気づきました。
急いで戻りました。
その時、部屋の方をそっと見ると、本人は、布団を頭からかぶっていました。
さっきまで、私と話していたのに。
私が帰ったあと、
一人で布団を頭までかぶっている。
その姿を見て、胸がぎゅっとなりました。
「怖いんだろうな。寂しいんだろうな」
本人は、
「ここ怖いよ」
と言っていました。
本当に怖いんだろうな。
寂しいんだろうな。
そう思いました。
私は、そのまま連れて帰りたくなりました。
でも、昨日の状態を思えば、今は病院にいるしかありません。
頭では分かっています。
それでも、
布団を頭からかぶった本人を見たら、思わず泣きそうになりました。
毎日行こうと決めた
病院までは遠いです。
仕事もあります。
毎日通うとなれば、時間もかかります。
高速道路を使う日もあると思います。
でも、この日の本人を見て、改めて思いました。
できるだけ毎日来よう。
本人が、
「ここに置いていかれた」
と思わないように。
「家族はちゃんと来る」
と思ってもらえるように。
翌日は、できるだけ早い時間に行こう。
そう決めて、病院をあとにしました。
今振り返って思うこと
入院2日目。
本人は、前日とは別人のように落ち着いて見えました。
私は、
「薬ってすごい」
と思いました。
シャワーにも入った。
普通の言葉も出た。
自分が言ったことを反省して、何度も謝った。
でも、その一方で、ペットボトルの飲み物を怖がる。
ずっとここに置かれるのではないかと不安になる。
「ここ怖いよ」
と言う。
そして、私が帰ったあと、布団を頭からかぶっていた。
落ち着いたから大丈夫、ではありませんでした。
本人の中では、まだ怖さも、妄想も、不安も残っていました。
そして私は、この日初めて、入院するということが、治療を受けるというだけではなく、
本人にとって「知らない場所に一人で残されること」でもある
のだと実感しました。
前日は、とにかく入院させるところまでで精いっぱいでした。
この日から、今度は、
入院した本人を家族としてどう支えるか
が始まったのだと思います。
明日は、今日より少し早く行こう。
この頃の私は、それくらいしかできませんでした。
でも、それでいい。
毎日顔を見せる。
話を聞く。
「ちゃんと来るよ」と伝える。
まずはそこからでした。


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