はじめてこのサイトに来てくださった方へ。
ここでは、
子どもの異変に気づいた「入院5日前」から、
精神科への緊急受診、
医療保護入院、
そして入院後に少しずつ回復していく様子までを、
時系列でまとめています。
最初は、
「何かいつもと違う」
という小さな違和感でした。
そこから数日の間に、
独り言が増え、
会話がかみ合わなくなり、
現実とのずれが大きくなっていきました。
そして、
本人が自ら警察を呼んだ朝、
家族だけではもう支えきれないと感じ、精神科への緊急受診、そのまま入院となりました。
この記録は、医学的な経過を説明するためのものではありません。
家族として実際に何を見て、何を感じ、どう動いたか。
その時々の出来事を、できるだけ当時の感覚のまま残したものです。
途中の記事から来てくださった方は、ここから順番に読んでいただくと、経過が分かりやすいと思います。
- 入院5日前|最初に感じた小さな違和感
- 入院4日前|独り言が急に増えた
- 入院3日前|一日中しゃべり続けるようになった
- 入院2日前|精神科へ行こうと腹をくくった
- 入院前日|普通に笑う時間もあった
- 入院1日目①|明け方、本人が警察を呼んだ
- 入院1日目②|精神科を今日受診したい
- 入院1日目③|統合失調症と告げられ、医療保護入院へ
- 入院2日目|「ここ怖いよ」
- 入院3日目|「点滴はもう嫌」
- 入院4日目|「作ってくれた人に悪い」
- 入院5日目|「早く家に帰りたい」
- 入院6日目|保護室前のロッカーが空っぽだった
- 入院7日目|「ダチョウになっちまったね」
- 入院8日目|「どっか違う世界にいっとった」
- 入院9日目|「私の病気って?」
- 入院10日目|40ピースはできる。でも70ピースはできない
- 入院11日目|「1/6?1/7?」
- 入院12日目|真っ暗な面会室で考えた
- 入院13日目|「頭が痛くない日は、お腹が痛い」
- この先の記録も、順番に追加していきます
- 症状や治療について調べた記事はこちら
入院5日前|最初に感じた小さな違和感
お腹の張りと、いつもと違う行動
最初に感じたのは、はっきりとした「精神症状」ではありませんでした。
お腹の張り。
寝不足。
少し元気がない。
そして、普段ならあまりしないような行動。
今振り返ると、ここが家族にとって最初の違和感でした。
▶ 入院5日前|最初に感じた小さな違和感。お腹の張りと、いつもと違う行動
入院4日前|独り言が急に増えた
「明らかにいつもと違う」と家族が感じた日
この頃から、独り言が急に増えました。
会話も、少しずつかみ合わなくなっていきます。
お風呂に入るまでに何時間もかかる。
話しかけても、何か別のことを考えているように見える。
家族全員が、
「これはいつもの体調不良とは違う」
と感じ始めました。
▶ 入院4日前|独り言が急に増え、会話がかみ合わない。「明らかにいつもと違う」と感じた日
入院3日前|一日中しゃべり続けるようになった
過去の話と現実が合わなくなっていった
ほとんど一日中、本人は話し続けていました。
食事も睡眠も十分ではありません。
そして、過去の出来事について、実際とは違う話が増えていきました。
外出先では、私の後ろに隠れるような様子もありました。
この頃、家族は初めて、
「精神科へ連れて行った方がいいのではないか」
と考え始めました。
▶ 入院3日前|一日中しゃべり続け、過去の話が現実と合わない。「これは普通の体調不良ではない」と思った日
入院2日前|精神科へ行こうと腹をくくった
もう世間体を気にしている場合ではなかった
少し眠れたことで、一見すると前日より落ち着いたようにも見えました。
でも、被害的な話や、現実とのずれは残っていました。
家族や身近な医療者にも相談し、私は、精神科へ連れて行くことを決めました。
それまでどこかにあった、
「精神科へ行くのは大げさではないか」
という気持ちより、
本人の安全の方が大事だと思うようになった日でした。
▶ 入院2日前|「精神科へ行こう」と腹をくくった日。もう世間体を気にしている場合ではなかった
入院前日|普通に笑う時間もあった
それでも夜、現実とのずれが一気に大きくなった
昼間は、動物を見て笑ったり、家族と過ごしたりしていました。
一見すると、
「少し戻ってきたのかな」
と思う時間もありました。
でも、夜になると、本人の考えは急激に現実から離れていきました。
そして明け方、本人自身が警察へ電話をしました。
▶ 入院前日|普通に笑う時間もあった。それでも夜、現実とのずれが一気に大きくなった
入院1日目①|明け方、本人が警察を呼んだ
「もう家族だけでは無理だ」と思った朝
本人は、実際には起きていないことを、自分がやったと思い込み、警察へ通報しました。
警察の方が来て、本人と話しました。
この時、私は初めて、
「もう家族だけでは支えられない」
とはっきり思いました。
▶ 入院1日目①|明け方、子どもが警察を呼んだ。「もう家族だけでは無理だ」と思った日
入院1日目②|精神科を今日受診したい
でも、予約はずっと先だった
精神科を受診しようとしても、予約はすぐには取れませんでした。
「今日診てもらいたい」
という状況なのに、通常の予約では間に合わない。
そこから、緊急で受診できる病院を探すことになりました。
▶ 入院1日目②|精神科を今日受診したい。でも予約は先だった。緊急相談から病院が決まるまで
入院1日目③|統合失調症と告げられ、医療保護入院へ
初めて見た精神科の保護室
病院で診察を受け、医師から、統合失調症が疑われることを告げられました。
本人はそのまま、医療保護入院となりました。
そして私は、初めて精神科の保護室を見ました。
本人が病棟へ入っていく姿を見送りながら、私は泣きました。
▶ 入院1日目③|統合失調症と告げられ、医療保護入院へ。初めて見た保護室
入院2日目|「ここ怖いよ」
短い面会のあと、布団を頭からかぶっていた
入院翌日。
本人は、
ほとんど食べられず、
頭痛もあり、
保護室で過ごしていました。
私に何度も、
「ひどいこと言ってごめんね」
と謝りました。
そして、
「ここ怖いよ」
と言いました。
面会後、本人が布団を頭からかぶっているのを見て、私は泣きそうになりました。
▶ 入院2日目|「ここ怖いよ」短い面会のあと、布団を頭からかぶっていた
入院3日目|「点滴はもう嫌」
食べられなかった本人が、おかゆを食べると言った日
食事も水分も十分に取れず、点滴を受けることになりました。
でも、点滴そのものが本人にとって、とても怖い体験になりました。
その後、
「もう点滴は嫌だから、おかゆを少し食べる」
と本人が言いました。
食べることへの、小さな転機になった日でした。
▶ 入院3日目|「点滴はもう嫌」食べられなかった本人が、おかゆを食べると言った日
入院4日目|「作ってくれた人に悪い」
食事を残せず悩んでいた
食欲はまだ十分ではありませんでした。
それでも本人は、病院の食事を残すことに、強い罪悪感を持っていました。
「作ってくれた人に悪い」
と言って、食べきれない量でも、何とか食べようとしていました。
そこで本人自身が、おかゆから白米へ変えてほしいとスタッフに伝えました。
小さなことですが、本人が自分の希望を言えたことを、私はうれしく感じました。
▶ 入院4日目|「作ってくれた人に悪い」食事を残せず悩んだ日
入院5日目|「早く家に帰りたい」
大部屋とOTに少しずつ挑戦し始めた
少しずつ、4人部屋で過ごす時間が増えてきました。
OTにも、少しずつ参加するようになりました。
本人の一番の動機は、
「早く家に帰りたい」
ということでした。
頑張っている姿を見て、私はうれしい反面、
「もう十分頑張っているのに」
と泣きそうにもなりました。
▶ 入院5日目|「早く家に帰りたい」大部屋とOTに少しずつ挑戦する姿を見て、泣きそうになった
入院6日目|保護室前のロッカーが空っぽだった
大部屋へ完全に移っていた
いつものように保護室へ向かうと、本人のロッカーが空になっていました。
スタッフから、
「大部屋へ完全に移りましたよ」
と教えてもらいました。
一つ、段階が進んだように感じました。
一方で、本人は薬を減らしたい、できればやめたいという気持ちも持っていました。
この頃から私は、
「薬を減らすこと」より、
まず再発を防ぐことを考え始めました。
▶ 入院6日目|保護室前のロッカーが空っぽだった。大部屋へ移った本人と「薬を続けること」を考え始めた日
入院7日目|「ダチョウになっちまったね」
本人らしい冗談を聞いて、「娘がここにいる」と思った
日曜日。
本人は、病院でとにかく暇だったようです。
新聞を読んで、百人一首を少しやって、疲れたら寝る。
起きて、食べて、また寝る。
そんな自分を、本人は、
「ダチョウになっちまったね」
と笑いました。
さらに、
「もう犬だよ。時間になったら食べて、あとは寝てる」
とも。
昔から、自分の状態をちょっと変わった例えで、面白く表現する子でした。
その言葉を聞いて、私は、
「あぁ、娘がここにいる」
と思いました。
▶ 入院7日目|「ダチョウになっちまったね」本人らしい冗談を聞いて、娘が戻ってきた気がした
入院8日目|「どっか違う世界にいっとった」
父親側の家族がお墓参りをしてくれた話を本人に伝えた日。
会話の途中で、本人の意識がふっとどこかへ外れたように見える瞬間がありました。
その場では笑って済ませたものの、帰り道で「あれは何だったんだろう」と急に不安になりました。
▶ 入院8日目|「どっか違う世界にいっとった」笑って聞いた言葉が、帰り道で急に気になった
入院9日目|「私の病気って?」
会話はかなりまともに戻ってきた一方、ときどき「おーい、帰っておいで」「またどっか行っとった」というやり取りも続いていました。
この日、本人から「私の病気って?」と聞かれ、統合失調症だと伝えました。
予想に反して、本人は驚くほど落ち着いて受け止めていました。
▶ 入院9日目|「私の病気って?」統合失調症だと伝えた私より、本人の方がずっと落ち着いていた
入院10日目|40ピースはできる。でも70ピースはできない
OTにはほぼ参加でき、食事も完食できるようになってきました。
一方で、40ピースのパズルはできても70ピースは難しいと悔しがる本人。
「焦らなくていい」と言いながら、せっかちな私は自分にも「焦るな」と言い聞かせるようになりました。
▶ 入院10日目|40ピースはできる。でも70ピースはできない。「焦るな」と自分にも言い聞かせた
入院11日目|「1/6?1/7?」
70ピースのパズルがどこまでできたか聞くと、本人の答えは「1/6?1/7?」。
思っていたより進んでいないことに、私は内心かなり動揺しました。
それでも本人は、面会後またパズルをしにデイルームへ。
できないからこそ、もう一度挑戦する姿も本人らしいものでした。
▶ 入院11日目|「1/6?1/7?」70ピースのパズルができない。その一言が頭から離れなくなった
入院12日目|真っ暗な面会室で考えた
夕方の面会で、本人が明かりをかなりつらがっていることに改めて気づきました。
70ピースのパズルもまだ難しいまま。
「できない」を嘆くだけではなく、照明を変える、環境を工夫するなど、どうしたら本人が暮らしやすくなるかを本格的に考え始めた日です。
▶ 入院12日目|真っ暗な面会室で考えた。「できない」をどうしたら「暮らせる」に変えられるか
入院13日目|「頭が痛くない日は、お腹が痛い」
本人が今度は便秘を訴え始めました。
それまで便秘とはほとんど縁がなかった本人ですが、水分を取ろうとするうち、計算すると一日約3Lのお茶を飲んでいることにも気づきました。
精神症状だけではなく、便秘や頭痛など「毎日の暮らしやすさ」を考える必要があると感じた日です。
▶ 入院13日目|「頭が痛くない日は、お腹が痛い」今度は便秘が本人を悩ませ始めた
この先の記録も、順番に追加していきます
入院7日目で、すべてが元通りになったわけではありません。
まだ、
光や音がつらい。
疲れやすい。
夜中に目が覚める。
活字が頭に入りにくい。
薬への抵抗もある。
そんな状態でした。
でも、入院直後と比べると、本人らしい言葉や笑いが、少しずつ戻ってきました。
この先も、
外泊、
退院に向けた話、
家での生活、
勉強の再開など、
経過に合わせて記録を追加していく予定です。
新しい記事を公開したら、このページにも順番に追加します。
症状や治療について調べた記事はこちら
時系列の記録とは別に、実際に経験したことをきっかけに、統合失調症について調べた記事も書いています。
- 統合失調症の前兆とは?家族が初発後に振り返って感じたこと
- 統合失調症の妄想とは?家族が初発後に初めて知ったこと
- 統合失調症の妄想に家族はどう接する?
- 統合失調症の幻聴とは?本人の体験を家族はどう理解すればいい?
- 統合失調症の認知機能障害とは?
- 統合失調症は遺伝する?
- 医療保護入院とは?
- 統合失調症は再発しやすい?
- 初めて統合失調症の家族会に参加した
- 統合失調症の初発後、家族の私が実際に参考にした本・サイト・YouTube
気になるところから読んでいただければと思います。
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